356.伸ばしたいなら離れなさい ~サッカーで考える子どもに育てる11の魔法~ 池上正

「みなさんはお子さんをプロにすることを目指していますか?」   10 年前、講演で尋ねると参加者のほぼ全員が手を挙げていました。  今は手を挙げる人がほとんどいません。徐々にプロの厳しい現実が理解されてきたからかもしれません。何しろJリーグの平均引退年齢は 25 ~ 26 歳。プロ入り後、出場試合ゼロで引退する選手は毎年3割存在するのが現実です。


親御さんも、子どもも、「サッカーはコーチに教えてもらうもの」という感覚が強いようです。なぜ強いかといえば、学校や家庭では「大人の言うことを聞く子ども」が最も認めてもらえるからだと思います。よって、指示があるまでぼんやり待っています。教えてくれるまで何も考えません。  それよりも、「自分でつかむ」というイメージで向き合っている子どものほうが断然伸びます。例えば、ほかの仲間がコーチから言われたアドバイスを耳にした子が「これは僕もやったほうがいいな」と気づいて、同じことをやってみる。このようなアンテナが立っている子は、そうでない子と比べると、早く太く成長します。これは、サッカーでも、勉強でも、何事も同じでしょう。
                

ただし、わが子がミスをしたとき、どうするか。そこに一度注目してみてください。もしお母さんやお父さんのほうをちらりと見たり、顔色をうかがうようなそぶりがあるのなら、しばらく観に行くのをやめましょう。期待にこたえたいから、親御さんの前で失敗するのが怖いのかもしれません。たくさんミスをして上達するスポーツなので、親がそこにいるだけで逆効果になってしまいます。
                

「池上さ、子どもにとっての遊びって、何だかわかる?」  私が「楽しみ。ルールまで自分らで決められるような楽しい遊び」と答えると、目尻を下げて言いました。 「おまえ、隊長失格やぞ。子どもの遊びには、そこに大人(指導者)がいないほうがいい。それが子どもの遊びだ。少年サッカーもそうなるべきだ。大人は消えなきゃいけない」  安全管理やメニューを出す役として、大人は1人でよい。でも、何かを教え込むのではなく、あくまでも楽しく自由に遊ばせることが最大のテーマです。そこで子どもがたとえ100人いても、大人は1人で指導することにしました。
                

大人がその場にいないほうが、子どもは成長します。子どもは評価を気にせず、失敗を恐れず自由に活動できる。指示がないので自ら動く。誰かがけんかをすれば誰かが仲裁するなどして、コミュニケーション能力を磨きます。おとなしくて仲裁できなくても「そのドラマをみる」ことが未来につながるのです。
                

オシムさんの著書『急いてはいけない 加速する時代の「知性」とは』のなかに、「選手たちにはサプライズが必要だ」という言葉がありました。  急に練習場所を変えたり、開始時間を変えたりもしょっちゅうでした。 24 時間、選手やスタッフを試し続けている。そうやって「考える力をつけろ」と伝えているのだと思いました。
                

「サッカーのやり方を教えるのではなく、試合することを教えなさい」  まさしく、祖母井さんが言った「大人は消えろ」の視点でした。試合は子どもだけでやるから、大人は審判以外は登場しません。  私がうなずくと、こう付け加えました。 「子どもたちは戦術とかそんなことではなくて、試合から学べることがたくさんある。日本人は練習好きだが、もっと試合をしたほうがいい。それと、できるだけ若いときから、2対1や3対2などの数的優位の練習をたくさんさせたほうがいい」  帰り際、手を振りウインクしながら言いました。 「とにかく、試合をさせろよ」
                

私が訪ねたレバークーゼンのコーチは言いました。 「子どもに必要なのは試合だ。たくさん実戦経験を積ませたほうがいい」  ああ、オシムさんの言った通りだ。  私のなかで、2003年にジェフが当時練習場にしていた市原姉崎グラウンドの隅で聞いた言葉が蘇ってきました。 「とにかく、試合させろよ」
                

例えば、「個を育てる」にはどうすればよいか?  これは以前、ケルン体育大学で学んできたコーチに聞いた話です。 「個を育てるためにと、個人練習をたくさんすると、実は危険なことがたくさん起きる」  それは何かといえば、個人練習に時間を費やし過ぎると「他者を感じられない」選手になると言います。チームで試合をしたときに、味方が次にどうしたいか、どんなことをすべきか。そんなことを感じられなくなる。感じられなくなるというよりも、他者を感じる訓練ができないといったほうが正確かもしれません。  よって、ドイツはさまざまな研究やデータ分析の結果、ミニゲームを中心に、常に全員で、もしくはグループで行うメニューに切り替えました。
                

います。  それなのに、ミニバスケットのドリブル、少年サッカーのリフティングなど、練習メニューにひとりでやるものが多いです。バスケットのドリブルも、サッカーのリフティングも二人以上でやるような工夫はいくらでもできるはずですが、多くの人たちが過去の練習方法をそのまま踏襲しているようです。  前章で伝えたドイツの育成改革は、ミニゲームを中心に、常に全員で、もしくはグループで行うメニューに切り替えました。  個人練習に時間を費やし過ぎると「他者を感じられない」選手になるリスクが高いからです。味方が次にどうしたいか、自分はチームのためにどう動いたらよいか。そんなことを敏感に感じ取る訓練ができません。
                

良いプレーをしようが、悪いプレーをしようが、必ず認めてもらえる。  そんな環境にいる子は、どんどん上達します。常に前向きになれ、萎縮せず、自ら考えてトライするからです。
                

いつも声をかけて 煽るのがコーチの仕事。これが、サッカーを含む日本のすべてのスポーツにおけるコーチのイメージになっています。教えることが当たり前。いつも何か言わなければと、悪いところを懸命に探しています。  このような大人の姿は、海外の人にとって異質なものに見えるようです。
                

 よって、「鍛える」のイメージは、何か苦しい練習をやらせたり「このままじゃおまえはダメになるよ」とって煽るものになりがちです。  私は、それよりも、鍛えることイコール「刺激する」というイメージのほうがいいと考えます。  欧州のように、勝ち負けのあるゲームをどんどんやらせる。そうすると、勝つために頑張る子が育ってくると考えています。
                

子どもが試合の前に極度の緊張状態になってしまうなら、それは周りの大人の責任。質の高い刺激をせずに「勝たなくてはダメ」「うまくプレーしなくてはダメ」と子どもたちに伝えています。  子どもは勝ちたいので、緊張するのは当然です。  そこを大人が「楽しくやろうね」と笑顔でいれば、子どももそうなります。
                

これをもっと広くとらえると、日本の少年サッカー全体がすでに「やり過ぎ」です。そこを是正していくのも大人の出番になります。
                

少し異なるフランスは5時間授業で4時半や5時くらいまで学校にいますが、昼休みが2時間あるのが特色です。その2時間は昼食が終わったあと、何をしてもいいので、ボールを蹴って楽しむ子が多い。放課後にクラブの練習に行きますが、平日は週2回程度しかやりません。
                

一方、日本の子どもたちはクラブを掛け持ちしたり、所属以外にサッカースクールへ練習に行くので、中学、高校の部活動以上に体を酷使している小学生が少なくありません。3年生で年間150試合以上というチームも少なくないようです。
                

デンマークサッカー協会が掲げた「指導の 10 か条」です。これを読むと、大人の出番はそんなにないこと、子どもと離れることの重要性に気づきます。
                

① 子どもたちは、あなたのモノではない。② 子どもたちは、サッカーに夢中だ。 ③ 子どもたちはあなたとともに、サッカー人生を歩んでいる。④ 子どもたちから求められることはあっても、あなたから求めてはいけない。⑤ あなたの欲望を、子どもたちを介して満たしてはならない。⑥ アドバイスはしても、あなたの考えを押し付けてはいけない。⑦ 子どもの体を守ること。しかし、子どもたちの魂にまで踏み込んではいけない。⑧ コーチは子どもの心になること。しかし、子どもたちに大人のサッカーをさせてはいけない。⑨ コーチが子どもたちのサッカー人生をサポートすることは大切だ。しかし、自分で考えさせることが必要だ。⑩ コーチは子どもを教え導くことはできる。しかし、勝つことが大切か否かを決めるのは子どもたち自身だ。