359.サッカーとビジネスのプロが明かす育成の本質 才能が開花する環境のつくり方 菊原志郎、仲山進也

そうなりますね。チームは結果で一喜一憂しがちだし、もちろんそれはしかたがない部分もあるのですが、一番大事にする部分ではないと思うんですよ。結果を最優先にすると、いろいろなものが悪い方向に行く。  だから、 優勝するよりも2位からベスト8くらいがちょうどいいんです。経験も積めて、悔しさも残る。目的は、もっと先で勝って、そのあとの人生も幸せに送れるようになることですから。

 

まず先を見据えて、「1年後、2年後どうなっていたいのか」「どんなことができるようになっていたいのか」を考えることが大事です。そこから逆算すれば、「こういうことを意識して取り組んでみよう」と今やるべきことが見えてくる。  もちろん「今ここ」
                

失敗しても、足りないものに気づけたおかげで、自分は1年後、より大きくなれると思えれば、今日1日が価値あるものになります。  また、保護者も「何やってるんだ!」と責めるのではなくて、「ああいう失敗から学ぶことで、人は成長できるんだよ。今日の失敗を今後に活かそうね」と言えれば、「今日はよかったな」となりますよね。
                

早期に専門的にやりすぎると伸びない 志郎  伸びない理由といえば、今の子は早期に専門的なことをやらされすぎていると感じます。最初から完全に「競技」として取り組まされている。  そうすると、 型にはめられたり、叱られたりするのが早すぎるんです。それは、保護者もコーチも、子どもに結果を求めすぎるからです。どうしても勝ちたいから子どもに圧迫感を与えてしまう。近年、その傾向がすごく強いと感じています。
                

勝ち負けだけではなく、いろいろな価値観が認められる社会にならないとダメだと思います。保護者も「こうじゃなきゃいけない」という一つの価値観に縛られるのは望ましいことではない。今の保護者は、Jクラブの下部組織に入るのがプロへの近道だと考えて、クラブに子どもを入れるために「幼稚園のうちからサッカーをやらせないと」と盛んに言っています。  でも、意外とJ下部に小さい頃からずっといるプロ選手って少ないんですよね。中学や高校や街クラブで「お山の大将」をやっていた子がスッと入ってきて、そこからプロになって活躍するパターンも珍しくない。
                

だからみんな、ちょっと勘違いしているんです。J下部に入るのは早ければ早いほどいいと思ってるんですが、そうでもないケースもあるんです。早く入っていいクラブに行くと、自分のポジションだけ無難にやっていればチームが勝つから、それ以外のことをしようとすると逆に「余計なことをするな」と言われてしまう。どうしても分業になるので、与えられた狭い役割の働きしかしなくなります。でも、街クラブの中心的な立ち位置でやっていると、勝つためにはゲームの組み立ても、メンバーを動かすことも、シュートもアシストも全部自分で考えてやらなきゃいけないから、いろいろなことができるようになる。
                

─「一流企業に就職すれば安泰」と思ったら、歯車のような仕事で小さくまとまってしまう、といったパターンと似ている気がします。街クラブのほうは少人数のベンチャー企業で、みんながいろいろなことをやらなければいけないイメージと重なりますね。 志郎  だから、べつにJ下部だけがすべてじゃないし、むしろ街クラブでやっている子のほうが将来、何でもできる…
 
練習の総時間では、街クラブは少なくて週3回とか4回しかやっていないから…
もっと練習したいと思っている。一方、J下部のほうは練習をやりすぎて、半分疲れてサッカー…
サッカーは週2~3回しかやっていないです。ほかの時間は、空手、スキー、水泳、英語、キャンプなど、いろいろなことをやっていました。  そもそも日本テレビが主催していた「西山すくすくスクール」の夏キャンプに行って、そこに来ていた読売クラブのコーチに声をかけてもらえたことがきっかけで読売クラブに入ることになったんです。キャンプに行かずにサッカーばかりしていたら、今はなかったな(笑)。
                

日本の場合は教えられることに慣れすぎている選手が多いので、自分で学び、考え、実際に試行錯誤するという作業が大事になってくると思いますね。
                

まず一つは、 大人が子どもに「工夫しながら何かにトライすること」を要求しないからでしょうね。 本来、自分で考えて動いたり、仲間と「どうやって攻めようか」と作戦会議をしたりすることがサッカーの面白さなのですが、これまで日本の子どもたちはそういうことを要求されてこなかった。もしも、子どものときから、工夫しながらトライすることに対して、「そういうの大事だよね。実際、プレーが変わってきたね」と褒められたら続けると思うし、「余計なことをするな。指示されたことだけやってればいいんだ」と否定されてしまうと、工夫しちゃいけないんだと思いますよね。  二つめの理由は、 保護者も社会も、子どもにすぐ結果を求めることです。子どもにとって一番大事な作業はゆっくり考えて、じっくり取り組むことだと思います。 時間をかけていろいろなものをつくっていく、編み出していくということは非常に大事です。そもそも短時間でできることってすぐ忘れちゃったりして、そんなに大きな変化につながらないですよね。
                

勉強の成績そのものというよりは、学ぶ態度や姿勢などが重要であるということですね。 志郎   そう。伸びない子は取り組む姿勢に問題のある子が多くて。勉強にもサッカーにもつながるということですよね。
                

僕らはただサッカーを教えるだけじゃなくて、子どもの人生に何か、少しでもいい影響を与えたいという思いで取り組んでいます。だから、子どもたちの人生をよりよく変えられるこの「育成」という仕事は、お金を得る手段というレベルではなくて、本当に価値ある、大きな仕事だと思っています。
                

こういう結果を受けて、 今後はもっと遊びや駆け引きが必要だという意見が出てくるんじゃないかと思っています。遊びや駆け引きから生まれてくるものを楽しみながらレベルアップできるのが、子どもにとっては一番いい形だと思います。
                

基本的にはそうです。日本サッカー協会が2008年度から、サッカーにおけるリスペクトの意識を広めようと、リスペクトプロジェクトを開始しました。そのなかの「フェアプレーとは」という項目で、「相手に敬意を払う……相手チームの選手は『敵』ではない。サッカーを楽しむ大切な『仲間』である。仲間にけがをさせるようなプレーは絶対にしてはならないことである」と定めたんです。
                

小学生からずっとサッカー漬けじゃないどころか、サッカーをちゃんとやり始めたのは 16 歳からで、それでワールドカップに出ている。  やはり、サッカー以外にいろいろなことを経験したのがよかったと思います。サッカーもクラブでちょっとやりながら、ほかにもいろいろな運動をしていたと思います。 16 歳からでも日本代表に間に合うという好例です。
                

一人の選手が失点の責任を全部背負わされると、苦しいじゃないですか。だから、僕はいつも子どもたちに、「だいたい失点は三つか四つのミスが重なって起こるから、一人の責任じゃないよ。みんなが声をかけ合ったり、一人ひとりがポジションを修正したり、自分ができることを少しずつプラスしてやったほうがいいんじゃない?」「この失点は一人のミスじゃなくてチームとしてやられたよね。ここでもう少しみんなで何かできて
                

教えたくなるのは、知識量が中途半端に少ないときだと思います。そういうときって、もっている知識を全部出したがる。逆に知識が多い人は「全部は教えられない」と悟っているから、相手の準備ができたときに必要なことを伝える感じになります。
                

あと、 チームプレーを重視するという点では「ミスを他人のせいにしない」ということを伝えます。ミスを他人のせいにするとどうなるかを考えてもらうんです。 みんなでちょっと考えれば、「自分がうまくならないし、相手も嫌な思いをするので、関係も悪くなっていく。結局、個人としてもチームとしてもうまくも強くもならない」ということが理解できます。
                

サッカーって、五分と五分だと人間性とか考え方で差が出るんですよね。だから、1月に中国へ行ってからそういったことをずっと言い続けて、考えるきっかけを与えていました。そうしたら、9月くらいから子どもたちが変わり始めた。
                

次に「優先順位」の理解です。 味方の位置、相手の位置、戦術とか試合の流れなどを考えて、どの選択肢が有効かを決めます。そのために大事なのはロジックです。判断基準に照らして、それぞれの選択肢のメリット・デメリットを比較します。   その基準として大事なのは「相手の思考」です。相手が予測しやすい選択肢は、うまくいかない可能性が高い。逆に、予測しにくい選択肢を選ぶことができればチャンスも大きくなりますよね。だから、常に相手は何を考えているだろうかということを意識しておく。
                

結局、「なんのためにサッカーをやっているのか」という話に行き着きますね。 志郎  ヨーロッパの人たちは遊ぶために一生懸命働きますよね。でも日本人は違う。 ──怒られないため、評価を下げられないために働くという人が少なくない。志郎さんは「子どもの人生によい影響を与える」のが働くモチベーションということですよね。