360.「蹴る・運ぶ・繋がる」を体系的に学ぶ ジュニアサッカートレーニング 池上 正

日本の常識、それは海外の非常識という例を紹介したいと思います。  日本の少年サッカーの指導風景でよくあるのが、いわゆる〝コーンドリブル〟をひたすら反復するというものです。それにより、ボールタッチの感覚や技術が身につき、彼らは「ドリブラー」と呼ばれる選手たちになっていきます。  しかし、本来サッカーは一人でプレーするものではありません。一人の個人技に特化した指導が、周りとの関係性を


うまく利用しながら進めるサッカーというスポーツにおいて、どれだけ有効なのか疑問を持たざるを得ません。
                

ドリブラー」と評される選手のサポートをしようとしても、いつこちらにパスが来るのかわからないのです。「今か?」と思って近づいてもパスは出てこない。「今は来ないだろう」と思って離れたときに限ってパスが来る……。残念ながら、日本の少年少女サッカーの現場でいわゆる〝テクニシャン〟と呼ばれる選手たちの大半は、周りの選手たちからすれば「サポートするのが大変だ」と感じてしまう選手に過ぎません。そのようにしか育てられていないのです。
                

日本の小学生や中学生が海外の有名クラブのキャンプに参加したときに、テクニックがある子どもが注目されることがあります。多くの子どもたちが足元のテクニックに優れていて、ヨーロッパの子どもたちを圧倒してしまうことがあります。  しかし、私からすれば、〝いらないこと〟ばかりをしているなあという感想を持たざるを得ないことが多いように思います。
                

ドリル形式のトレーニングにおける一番の問題点は、同じリズムになってしまうことです。たとえコーンやマーカーの距離をバラバラにしたとしても、1回、2回、3回……と繰り返してやるうちに子どもはそのリズムを覚えてしまうものです。となると、そこにどんな動きで向かってくるかわからない相手がいる試合では使えない技術になってしまうのです。  サッカーは相手がいるスポーツであり、相手がどう対応してくるのか、よく見て、瞬時に判断するスポーツです。身につけなければいけないのは、目の前で起きたことに瞬時に反応し、相手がボールを奪おうとするアクションを回避する              

ための技術であり、そのための動きであり、考え方です。毎回同じようなリズムのトレーニングを反復するのでは、それらを身につけることは難しいのです。
                

私がある高校のサッカー部を指導したときのことです。  初めて会った彼らがどのくらいのレベルにあるのか確認するべく、まず普段行っているシュート練習をやってもらいました。すると、ポスト役を使ったシュートのトレーニングでは、非常…

次に、ミニゲームをしてもらいました。しかし、ミニゲームになると彼らは途端にシュートを決めることができなくなったのです。彼らは、まさに今だ、というタイミングを判断しながらシュートを打つという習慣がなかったのです。普段から彼らは、シュートはゴールマウスのなかに力一杯に蹴り込むことを、まさに「ドリル形式」のように反復していました。その〝型〟以外のシチュエーションになったときに、途端にシュートを打つことすらできなくなったのです。…

ません。サッカーからドリブルやシュートだけを切り取った「ドリル形式」のようなトレーニングをしている風景が日本の育成年代には…

日本では、リオネル・メッシは最高のドリブラーと称されます。しかし、その表現で本当に必要十分でしょうか。メッシはドリブルで仕掛けながらも、常に仲間との繋がりを意識しています。パスで仲間を活かしたり、仲間からパス              

を引き出したりしながら、必要に応じてドリブルで突破を試みる。その瞬時の判断力と技術の高さがメッシが世界一のプレイヤーと言われるゆえんなのです。  一人でプレーするのではなく、周りと協力しながら賢くプレーできる選手を育てるにはどうすればいいのでしょうか。賢くプレーするというのは、子どもがサッカーを楽しみながらプレーできていることと同義だと考えます。状況に応じて、周りにパスをしたり、自分がパスをもらったり、必要に応じてドリブルで進んだりしながら、相手と駆け引きを楽しんでプレーできることが本来、目指すべき理想だと思います。
                

繰り返しますが、サッカーとは、仲間と協力しながらどう得点を奪うのか、が本質になります。仲間と協力しながらお互いに繋がり、賢く相手と駆け引きしながら、試合を進められる選手が、真の意味で、サッカーを楽しめる選手なのです。
                

2対1のなかに、相手をよく見る習慣、相手との距離感、味方との距離感や繋がり、ドリブルやパスやコントロールに関わる技術、といったサッカーを楽しく、賢くプレーするために必要な要素がすべて詰め込まれています。
                

日本の少年少女サッカーのこれらの傾向は、中学・高校、さらにはプロにおいてもピッチ上に顕著に出てしまってます。スライディングタックルはゴール前の危険なシーンの最終手段として使われるべきですが、日本ではトップクラスの選手たちも中盤で激しくスライディングタックルを繰り出す光景が見られます。これは幼少期からドリブルのトレーニングに象徴される1対1、その勝ち負けにこだわるトレーニングに時間を割いてきた弊害だと思います。
                

サッカーは陣取り合戦です。イニエスタは試合中に常に「相手」を見ながら「ボールがこう動いたのだから、相手はこう動く、だから自分はこうしよう」という視点で考えを巡らせながらプレーしているのです。  そうです、そこにあるのは常に「相手」の存在なのです。
                

2対1はシンプルですが、低学年(1年生から3年生) と高学年(4年生から6年生) とではレベルを分けるように工夫したほうが良いでしょう。  低学年の場合、攻撃側の二人で相手の一人をワンツーで攻略すること、これをベースにしてみてください。相手がボールを奪いに来たらパスを出して、相手が前に出てきたことで空けた背後のスペースでもう1回パスをもらう。こういったイメージを子どもに持ってもらうように導きます。
                

ボールを受ける前に見る、ボールが投げられたら見る、そしてボールをコントロールする。この一連の流れのなかで「相手を見る」ことができないといけません。  日本の多くの選手たちは、パスを受ける前は相手の位置を確認していますが、ボールが蹴られてから受けるときまでの間はボールしか見ていません。  一方、海外の選手たちはボールが蹴られた後の、ボールが転がっている間にもう一度相手の位置を確認することができるようにトレーニングしています。たとえば、相手が猛然とボールをインターセプトしようと動き出したならば、スッと1歩、2歩とボールに寄りながらパスを受けることで、相手がボールに向かってくる力を利用して逆方向を突けばいいのです。
                

ところが、日本の指導現場では「ボールを受けるときは、とにかくボールに寄ってコントロールしなさい」としか言いません。この指導の視点には「相手」が欠落しています。本来は、常に相手の状況を確認することが求められるのです。
                

世界のトッププレイヤーは、これらを当たり前のようにやっています。かつて名古屋グランパスで選手や監督として活躍したピクシーこと、ドラガン・ストイコビッチは、パスが出てくる前、そしてパスが出てボールが転がっているとき、さらに相手が身体を当ててコンタクトに来ているとき、3回も相手を見ているのです。ボールをコントロールしながらそれができるのです。  ストイコビッチは簡単に相手の逆をとることで余裕を持ってプレーしているように見えましたが、それは誰よりも相手をよく見ているからこそ、だったのです。どちらの足でボールを…

逆にいえば、日本の場合は「クローズドスキル」と言い、前述しているとおり、まずは一人でやろうとする習慣がついています。だから、相手を見ることが二の次になってしまう。本来は、最初から相手を意識したトレーニングをしたほうがいい。だから、1対…

バルセロナの試合を見ていても、メッシが一人、二人と交わしたときにはすぐさま近くにいる相手が身体を投げ出してでも止めにいっています。  まずは、ボールを奪うことを子どもたちに促してください。そうしているうちに、子どもたちが、どんなときにボールを奪いに行ったほうがいいのか、どんなときに奪いに行かないほうがいいのか、それらがどんどんと肌感覚でわかるようになっていきます。
                

サッカーは陣取り合戦です。理屈としては、ボールがこう動いたら、相手もこう動く。するとここが空いているからそこを突こう、といったふうにです。  2対1を作ったときに、もたもたと時間をかけていれば、相手ももう一人加勢して2対2になってしまうでしょう。ですから、3対2のなかで2対1の局面にできたときに求められるのは、まずパスのスピードであり、スピードを落とさずに前進できるコントロールの正確さです。
                

3人の真ん中でプレーする子はどうすればいいでしょうか。  当然、左右に首をふって両サイドにいる二人の仲間を頭に入れながらプレーしなければいけません。大変ですが、だからこそ能力が上がっていきます。真ん中でプレーするときにその点をずっと意識できる子どもは、自ずと視野が広がり、中盤の中央でもプレーできる選手になっていきます。
                

今、オランダから優秀なゴールキーパーがたくさん育っています。  オランダでは近年、ジュニア年代からゴールキーパーをつけた5対5のトレーニングに力を入れるようになってきました。現代サッカーにおいて必要性が増してきた〝足元のうまいゴールキーパー〟が育ってきているのは、4対4にゴールキーパーをつけたトレーニングを重視している賜物でしょう。  ドイツもオランダも、サッカーを大きな視点で捉えていて、将来こんな選手が育ったらいいな、という見方をもってジュニア年代から逆算した指導ができているのです。日本のように6年生のときに目の前の勝負に勝つことに躍起になっている状況とは180度異なり
                

フィールドプレイヤーとしてプレーすることで足元の技術は間違いなくうまくなります。ゴールキーパーにとって一番大事なのは攻撃センスだと私は考えています。キャッチしたボールを誰に配給できるのか。それを的確に判断し、実行することができれば、チームの攻撃局面を有利に導くことができます。しかし、日本のゴールキーパーの多くはこれができていません。その攻撃センスこそ、幼少期のフィールドでのプレー経験が必ず役に立つと私は考えているので、幼少期からゴールキーパーを固定で担うことに反対しているのです。
                

日本では未だに、ゴールキーパーがトレーニングにおいて足元の技術を重視することが一般的にはなっていません。  これはゴールキーパーの指導者の方には反対されるかもしれませんが、私はゴールキーパーのキャッチングの技術は最優先に身につけるべきものではないと考えています。  正しいポジショニングを覚える必要はあっても、キャッチングの技術そのものは特別ではないと考えます。至近距離からシュートを打たれる恐怖心に勝てる子どもならば、あとからでも十分に身につけられる技術だと思います。
                

それよりも、試合展開をどう読んでいるのか、いざチャンスというときのフィードや自身のポジショニングをどう考えればいいのか、それらを的確に表現できる力のほうがはるかに大事だと思います。それらはフィールドプレイヤーでプレーしたことがある感覚が必ずや活きてくるはずです。  日本の育成年代は、昔も今も残念ながら、悪い意味で変わっていません。たとえチームでもっとも運動神経がいい子どもが「ゴールキーパーをやりたい!」と懇願したとしても、たいていの場合は指導者に反対されて、エースのポジションを任される傾向が未だに強いと思います。  それが、チームが勝つために大事なことだからです。勝利至上主義が蔓延っている状況では、いつまでも、日本のゴールキーパーの育成は時代遅れのままでしょう。
                

ヨーロッパでは平日の週2回、1日 90 分間程度の練習時間を基本にしていますが、日本の場合、多くのクラブが土日しかサッカーができない環境にあり、1日に3時間や4時間も練習してしまうクラブもあります。  しかし、1日 90 分間の練習時間で十分であることを知ってほしいです。3時間も続けても子どもたちの集中が続きません。それにやるべきことが多いと頭には残らないものです。
                

強く言いたいのは、子どもにとってサッカーはまだ人生のすべてではないということです。サッカー以外にも、子ども同士で遊んだり、家族と旅行に行ったり、子どものうちにできる楽しいことがたくさんあるのだから、そこにも全力を注ぐべきなのです。
                

少年少女サッカーの世界は、本来、そうあるべきではないでしょうか。サッカー漬けで、サッカーしかやらない子どもが、本当に賢い選手になれるでしょうか。大人でも様々なことから受けた影響が仕事の役に立つことがあります。子どももサッカーがうまくなるために、本来は様々なことを体験したほうが良いのです。そうすると気づかない間に「あれ? これはこの前のあのやり方と似ている」といったように、サッカー以外の経験がサッカーで活きることがたくさんあることに気づくはずです。
                

最後に、私がこれまで見てきた〝伸びる子ども〟に共通していることについて触れたいと思います。それは間違いなく、流行りに無頓着な子どもです。バルセロナがキャンプを開催するとか、あの有名クラブがセレクションをしているとか、そういう情報にまるで無頓着で、自分が日々やるべきことに真摯に向き合っている子どもです。