244.決断=実行 落合博満

野球は私の仕事で、球団が来年も契約したいと思う結果を残せなければクビになってしまうのだから、翌年もプレーできる結果を残すことに集中した。そのためには、 24 時間365日、野球のことだけを考える生活が必要だから、そうしたまでだ。

 

格好をつけた表現になってしまうが、選手の時も監督の時も、ただ野球という仕事に取り 憑かれた。認めてもらいたいと人に取り憑かれたのではなく、ただ野球という仕事に取り憑かれた。 そうすれば、何も迷うことはなかった。 これをやってみたい。けれど、周りはなんと言うだろう。そんな不安は抱かなくて

 

また、今だから明かせば、広島、西武、福岡ダイエーで監督を務め、編成部門の責任者としても手腕を振るった根本陸夫さんから、こんな話を聞かされていた。 「常勝軍団と言われた西武のチーム作りについては、すべて教えてある。

 

で現役を退いたが、実は指導者の資質を備えていると感じた私が早めにやめさせたんだ。おまえが監督になったら、絶対に使ってみろ。必ずおまえの役に立つし、おまえを助けるから」 根本さんの言葉に、森繁和なら間違いないという確信もあっ

 

また、私には現役時代の経験も含めて、プロ野球人としての信念がある。長いペナントレースでは、勝つこともあれば負けることもある。その勝負事を最後に左右するものは何かと問われれば、「諦めた者が負け、諦めさせ

が勝ち残る」ということだと思って

 

「チームを強くするには、どうすればいいですか?」 そんな質問をされた時、私が具体的な練習法を説明し始めれば、聞き耳を立てたり、熱心にメモを取り、大半の指導者が日を置かずに取り組んでみるのだろう。 しかし、私はその質問を本気で聞かれれば聞かれるほど、こう答える。 「何だかんだと言っても、しっかり食事をとり、十分に睡眠をとることでしょう」 それを

 

考えてみてほしい。チームを強くするには、理に適った練習を他のどのチームよりも多く反復することだ。そうした練習をやり切るには、どのチームと比べても圧倒的な体力が必要になる。体力がついていないのに猛練習をすれば、ケガや故障で選手は使い物にならなくなってしまう。 では、どうすれば圧倒的な体力が養えるのか。誰よりも食べ、しっかり休養をとるしかない。つまり、チームを強くするにも、選手の実力を高めてやるにも、基本の基本となるのは食事と睡眠だ。これは、拙著には繰り返し書いている。

 

プロでも、ドラフト下位指名で入団し、あまり注目されなかった投手が、ローテーションの谷間で先発させたら首尾よく初勝利を挙げ、そのまま 10 勝するようなケースがある。しかも、ストレートは140キロ出るか出ないかなのだが、コントロールがよく、100キロ台のチェンジアップに相手打線は手を焼いた。 翌年はいくつ勝てるだろうと楽しみに見ていると、やや豊かになった

 

から投げ込むストレートが140キロ台中盤になっている。変化球もチェンジアップだけでなく、スライダーも投げるようになっている。 「遅いストレートと、もっと遅いチェンジアップで勝てたのに、その武器を捨てるのか」 少しでも速いストレートを投げたいというのは投手の 性 かもしれないが、自分の持ち味は何だったのかを考えてほしい──そう思っていた投手は案の定、勝てなくなって、2年、3年と試行錯誤を繰り返してしまう。3年ほどたって気づいても、どうすれば 10 勝できた自分に戻れるのかわからなくなっている。 こうした

 

高校や大学までの野球は、同じ世代の選手で戦う。だから、素質に恵まれていると思われる選手を他のチームより多く集め、徹底した競争をさせれば、チーム力を高めることができる。 しかし、プロや社会人のように限られた人数の中で、しかも年齢に制限のない選手でチームを作るとなれば、なおさら基本的な練習を根気強く続けたほうが効果は

 

一方、環境の整ったチームは、手を変え品を変え、さまざまな練習に取り組んではいるが、その分、段階を踏んでコツコツと力を付ける基本的な練習が疎かになっているのではないか。最近の都市対抗野球大会の試合内容を見ていると、どうしてもそうした疑問を抱かずにはいられない。 昔から、寒冷地の人間はよく働き、温暖な地域の人はのんびり屋が多い

 

いわれる。それは、寒冷地では自らの手で作物を育てなければ食料がなくなるが、温暖な地では自然に育ったものを採って食べればいいからということらしい。温暖な地を恵まれた環境のチームに置き換えると、妙に納得してしまう。 話が少し脱線したかもしれないが、言いたいことは理解していただけたのではないか。若い選手にとってもチームにとっても、大切なのはいかに基本的な練習に根気強く取り組むかということ。 まだ基本をコツコツと積み上げていかなければいけない時期に、「同じことをしていたらダメだ」と目新しいものに飛びつく必要はない。しっかりと土台になる力を付け、ある程度の力をコンスタントに発揮できるようになったら、それをできるだけ長く続けるための方法を探していけばいい。

 

やられる前に自ら手を打つな。やられる前に手を打つから、反対にやられてしまうので

 

アドバイスを受けて試せば何でも身につくのなら、世の中は成功者ばかりになってしまう。成功する人間とは、素質に恵まれていたり、センスに

 

たりしているわけではない。何度失敗しても、「俺には野球しかないんだ」とあれこれ考え続け、時間をかけて成長してきた執念深い人間だ。それが個性的な投球フォーム、打撃フォームなのである。 それを理解し、野球についてあれこれ考えることが楽しいという人間、すなわち野球オタクになることが、自分の目標に近づく大切な第一歩になるのではないかと思っている。

 

芸術でもスポーツでも、自分を成長させ、感性を豊かにしてくれるのは好奇心

 

あくまで採用する側は、その若者の人生に責任を持ち、一緒にやっていこうと思える人材を選ぶべきだろう。 そうした意味で、野球チームの監督は、自分の専門分野である野球の技量で判断するしかないと思う。そこに性格などを加味して総合的に判断しようとすると、肝心なポイントがズレてしまう危険性が生まれるのではない

 

高校の野球部を7回も退部し、大学では野球部だけでなく、大学そのものも中途退学した私がドラフト指名され、のちに3回も三冠王を手にしたのだ。 どんな生き方をしても、どんな仕事に就いても、その世界で大成できるきっかけは必ず何回か訪れる。 そのきっかけに気づかないこともある。きっかけは訪れていないのに、

 

を全開にしてしまうこともある。だが、上司や先輩のアドバイスに素直に耳を傾け、常に試してみようという姿勢を持つ人は、そのきっかけに気づき、がむしゃらに努力して大成する可能性が高いと思う。 どんなに偉くなっても人生は一度きり。一夜明ければ、今日は過去になってしまう。ならば、後悔のないように生きていくのが幸せなのではないだろう

 

時代は変わり、スポーツの現場でも大きな変化が起きている。昔気質 の指導者の言動が批判されることが多いが、若い人たちには、これだけは理解しておいてほしい。 自分が生きていく道で、少し先を歩いてきた人たちの経験談やアドバイスは、そんなに捨てたものではない、ということ

 

私が一番大切にしているのは、自分の人生をいかに自分の思うがままに生きていくか、ということだ。そのために不可欠なのが、決断、実行だと考えて