194.三国志 横山光輝

1.武人には武道があり、聖人には文道がある如く、商人には利道がございます。私はあなた達がきっと名をあげ、功をなすとにらみこのお金や馬は投資するのでございます。

 

2.気を静めるんだ。感情に負けるな。

 

しかし天下が乱れるのは天下の乱れにあらず、官の乱れが原因だと言うがそのとおりかもしれぬ。きっと洛陽の将軍や役人にはああいうのがたくさんいるのかもしれん。

 

4.朝廷の諸大臣たる方々が夜は泣き昼は悲しみ集まればぐちばかり。

ここで酒を飲み口をこぼしていたら世の中が変わるとでも言われるのですか。しょせんあんたたちは時勢を嘆いているだけで何もできぬ意気地なしよ。

6.董卓よわしにいいことを教えてくれた。負け惜しみで言っているのではない。戦に負けてみるがいい。敗れてはじめて悟りうるものがあることを今知った。かつて予言者がおれにいった。「きみは乱世の奸雄だと」よろしい天よ百難をわれに与えよ。奸雄ならずとも必ず天下の一雄にはなってみせる。

 

7.絶纓の会

楚国の荘王の話

 

9.我々は昔から国を興しそして滅びまた国を起こすそんな歴史を繰り返してございます。我々はその時代時代に人智を尽くして生きているのでございます。しかしそれも大自然の力の前には為す術を知りませぬ。

黄河の氾濫、イナゴの飢饉、大雪、暴風、それらの前に人間の力で何ができるでございましょう。いかに人間が進歩しようと人間は自分の運命はわかりませぬ。それを知っているのは天だけでございましょう。

 

10.我々3名各々がお互いに至らぬところのある人間だ。その欠点や不足を補ってはじめて1体の兄弟といえるのではないのか。私だって凡人だ。凡人の私がなぜお前にだけ神のごとき万全を求められるものか。

 

ここは逃げる。命あればこそまた次の機会を狙える。

 

張飛よ。竜が沼の淵に潜むのは何のため。時期を待ち天に登らんがためであろう。時には恥を忍ぶこともあろう。

 

15.竜というものはときには大きくときには小さくなるという。余の言う竜とは人間のことだ。英雄のことだ。竜というものは天に昇る機がいまだ熟さんときは頭をうめ爪を隠し深淵にひっそりと身を潜めさざ波さえ立てぬ。だが一度機が熟したと見るや風を起こし雲を呼び一気に天に駆け上がるという。余は人間の英雄にその姿を見る。

 

16.殿は曹操と互角に戦える力をたくわえるまでは滅ぶことよりも生き延びることを考えておられるのだ。生き延びてこそはじめて目的が達せられる。

 

24.昔 楚の項羽は度々の戦に勝ったが、垓下の一戦に破れ高祖に滅ぼされた。それにくらべ高祖の韓信はほとんど勝った試しのない大将でしたが最後の勝利を高祖皇帝に導いてござる。国家の大計というものは目の付け所がござる。局部的な勝敗ですべてを論じるのは軽率でござろう。 孔明

 

将たるもの天文に通じ地理に詳しくなければなりませぬ。こんなことは大地の気温、雲行風速を見ていれば漁師でも予測のつくことでござる。

 

26.兵書に言う 虚なる時は実とし実なる時は虚とす。孔明の手にはのらん。われわれは山路をとるのだ。 曹操

 

35.この人大ぼら吹きなのかそれとも気が変なのか

 

37.だがこのようにわずかの兵をもって奇襲により大軍を打ち破った例は戦国時代には多い。日本でも二千の兵でもって今川義元3万の大軍を破った織田信長桶狭間の合戦の例がある。

 

39.智者は帰って智に溺れるとかいいます。 孔明

 

44.戦は勝ちすぎてはならぬ。勝ちすぎると恨みが残る。ほどほどに勝って従わせるのが最上なのだが。

 

48.ふむう「人有る所に人なく、人なき所に人あり」か・・・ 孔明

 

49.15度も勝てばどんなに用心深くても勝利を信じる気持ちのほうが強くなってしまう。そうなれば気を許して追ってくる。 孔明

 

53.昔 孫武がよく天下に勝ちを制したゆえんは軍法の厳正であったためである。四方の国が争っておる時に軍律を疎かにして敵を破ることができようか。

戦というものは智謀ばかりでは勝てぬ。といって先ごろの対戦では蜀は魏よりも兵力は多かった。だがそれでも負けてしまった。戦は智でもな兵の数でもない。これは主将たちのあやまちじゃ。これからは数に頼らず軍律を厳しくし、将兵を練磨し真の精鋭を作る。