125.苫米地英人の金持ち脳 捨てることから幸せは始まる

不動産はやっぱり買うべきじゃないよね。この方の話は本当に勉強になる。

 

GDPが日本の20分の1である国の95%の人が幸福であると思っているのはお金でなく、人間関係の平和と交流を重視しているからである。

 

日本はお金持ち=幸福という図式がインプットされ、お金持ちでないと恥ずかしい。お金持ちでないと生きている価値がないといった極端な考え方が蔓延している。  これは政府がマスメディア、広告代理店を介して行った「貧乏脳」への洗脳であると考えている。

 

なぜ、政府がこのような洗脳をしなければならないかは本文を読んでいただきたいが、すべての人がもっと意識的にIQを上げて、政府や広告代理店などの恣意的な考えを察知し、その考えをいち早く捨て去り、その裏に隠されている事実を見極める力を持つことが貧乏脳からの脱出方法、つまり「金持ち脳」をつかむ方法なのである。


まず先に、「悪い洗脳」とは何かを考えてみる。それは洗脳者が「恐怖」を使うか使わないかということだけだ。もっと正確にいえば、恐怖に類するもので、「不安」、感情としては違うが「痛み」など、要するにネガティブな感情、マイナスの感情を使うのが「悪い洗脳」である


一方、「いい洗脳」は、人を嬉しくする、気持ちよくするといったプラスの感情を使うことによって、自己能力、自己評価を上げる。決してマイナスの情動を使わず、プラスの情動だけを使う


今まで述べてきたことからも、お金がないと物が手に入らないとか、餓死するなどということはあり得ない。  にもかかわらず、我々の金持ち願望は、豪華な家と車のある、映画に出てくるセレブのような豊かな生活がしたいということである。それがそもそも洗脳である


本当なら、すべての税収は国民に平等に負担され、国民に平等に分配されなければならないはずである。しかし、日夜、官僚は税収を上げるために、国民を洗脳する方法を考え、知恵を絞っているのである。金持ち思考への洗脳は増税につながり、それは官僚たちの利益となっていることを改めて考えてみたい


ゲッベルスは「3S政策」といういい方はしなかったが、大衆の関心を政治に向けさせないようにするためのプロパガンダを行なった先駆者である。  前項で「金持ちになりたい」願望は、何かの洗脳であると述べたが、私たちが「金持ちになりたい」といったとき、頭の中にイメージしているのは、テレビから得た情報がほとんどである。小説や新聞からの情報も有り得るが、その影響は非常に薄い。やはり知覚的情報がはるかにイメージしやすいのである


タレントのキムタク(木村拓哉)の連ドラがあれば、着ている服、住んでいる家、生活空間、すべての刷り込みがテレビから行われる。このテレビ番組のようになりたい。それにはお金がいる。だからその人はお金を必要とする経済──「消費経済」をつくりあげていくのである


消費(consumption)を促すための「3S政策」は、すべてがスクリーンを通して映し出すのであるから、スポーツ・セックス・コンサンプションを、スクリーンを使ってやりましょうという政策だというほうがわかりやすいと思っている。事実、これがアメリカのやり方で、日本は「3S政策」をそのまま導入し現在も続けているのが現状だ。だから、スクリーンで見せられているものすべては、消費を促すためのコンテンツであり、総称して「広告代理店」と呼んでいる


オリンピックの本来の目的は世界平和だったが、経済効果にすっかり変わった。石原東京都知事もオリンピックを誘致したいのは世界平和のためで
なく、経済効果のためだと堂々という。  世界平和ではなく、世界政府を目指す人のオリンピックになったのである。  

 

消費経済を活性化すればするほど、政府は税収を上げることができた。政治家も官僚も自分たちのポケットに落ちるのは大きければ大きいほどいい。だから政治家と官僚は増税がしたい。  大企業の論理と政府の論理が一体化したときに生まれたアイデアが、消費経済という「国民への洗脳」だったのである


だから、欲しいものの名前をすべて紙に書けた人は、完全に洗脳されている。書いたものは、すべて外から入ってきたもので新しいものではない。あるものを生み出していくということは、最初は漠然としていて、それがあとから形をつくっていく。そして名前はあとから生まれるのである


ただ、金持ちになりたがっている人に問いたいのは、「欲しいものがそれでいいんですか」ということである。奴隷は欲しい物が自分で決められない。やりたいことまで他人に決められている。それが先述した「3S政策」だ。お金が欲しいわけではなく、お金はあくまで手段であり、スクリーンに映る消費経済のコンサンプションを手に入れたいのである。


趣味を突き詰めていると、自分だけのことでは人間は飽き足らず、人間は「人の役に立つこと」がうれしいという気持ちになる


だから、趣味を徹底的に突き詰めるというのは、職業上、生産性を上げていって、自分が間違った道を進まない、正しい「付加価値」をつくることになる


つまり、自分の役に立つ「付加価値」をつくるのに、趣味を徹底的にやることは重要なことなのである。  趣味を突き詰めるのは、非常に個人的で狭い世界のような気がするかもしれない。しかし、突き詰めると、それがものすごい価値──つまり「付加価値」が生まれる可能性が出てくるのである。  よく考えてみてほしい。世界の成功した企業をつくっていった人たちが最初にやっていたことは、どう考えても趣味なのである

 

したがって、奴隷から解き放たれるために、役に立たないと思える趣味を突き詰めてみるのもいいと思う。「付加価値」が生まれ、金持ちになれるかもしれないのだから

 

金持ちがいいというのは、そもそも洗脳されたものであり、国家の論理で税収のためなのである。 基本的に日本に餓死者などないのである

 

というのも、お金は、抽象化した思考ができる人しか稼げないのである


資本主義は、少なくとも、労働に必ずついて回るお金以外の付加価値を認めているので前頭前野が働かなければならない


付加価値を生み出すにはIQを高めることが必要なのだ。モノをつくり出さないフェイスブックのような会社が、時価総額何十兆円もの会社になったのは、この付加価値が高いからなのであ


それゆえ、金持ち脳の基本は、教育であり教育は財産なのである。日本政府も、これを真似て、大学院まで無料にすることを私は提案したい。  道路や新幹線をつくることよりも、教育費や医療費を無料にするほうがずっと価値があることを知るべきである。  今からでも遅くはない。ユダヤ人が3000年やってきたことを見習うべきなのである。そして、世の中のからくりに気づく脳を育てて欲しいと思う


こうしたからくりを知らず、洗脳されてハイブリッド車を購入した人間は、私にいわせれば、典型的な貧乏脳の持ち主ということになる。  彼らは、常に損をし続ける。すなわち、貧乏人は、常にはめられる側に立つのである。  我々は、よほど気をつけていないと、知らないうちに洗脳され、錯覚を植えつけられてしまうからである。


日銀は日本政府が持っているのだから、その年のGDPの伸びに合わせてマネーストック(通貨残高)調整すれば、インフレもデフレもないはずである


問題はGDPをどうやって伸ばしていくかということである。私は人口が減少してもいいと思っている。政府は税収をベースに考えるから人口が増え

ないと困るが、我々国民は、税収ではなく、個人一人当たりがいかに豊かになるかということのほうが大事である。

 

であれば、人口が少なくなったほうが一人当たりの生産性は上がる。人口密度が今上がり過ぎているので、生産性が下がっているのである。  日本の人口は7000万人でもいいと思っている。極端に3000万人くらいでも大丈夫だと思う。その場合、GDPも税収も7割、3割になるが、GDPをグロスで伸ばすことではなく、一人当たりの生産性を伸ばす方法を考えていけばいいということなのである


このように、人は、想像力という、他の生物が持ち得ない財産を使うことで、「豪華な生活」を満喫することができるのである。それが、脳が持つ力である。  ところが、ファーストクラスに乗ってグアム島へ行かなければビーチを見られないと思っているバカがいる。ビーチへ行かなければ自然を見ることはできないと思い込んでいるような、さらなるバカもいるのである


こうしたエフィカシーが低い人は問題を起こしやすい。人の悪口をいうの
もエフィカシーの低さが原因である。人の成功を見てねたましくなるのは、精神的に自分の居心地が悪くなるからだ。だから、人の悪口をいって引き摺り下ろそうとするので

しかし、漠然と「正社員」になりたいと答えるとき、それは間違いなく貧乏脳の発想である。なぜならば、そこには、エンジニアになるとか、営業マンになるとかという職種への憧れはなく、賃金を保障されたい、つまり、ただ漫然と奴隷のように働きたいというだけの夢だからである。  すなわち、エフィカシーが低く、会社員になって、奴隷のようになってお金を稼ぐしか自分の生きる道はないと考えているわけだ。


彼らは、エフィカシーが低いから、生産性も低くなり、自分一人の力では稼ぐことができないのである。だから、資本主義の一つの歯車になろうとする。不満足をお金で買おうとするから、お金がないと野垂れ死にすると思っている。  また、公務員になりたいと思っているような人間も、正社員同様、エフィカシーは低い。社会貢献をしたいなどと格好のいいことをいっているが、本当は、自分の欲のために働いているだけであり、社会的地位と所得の安定しか頭にないのである


そういう意味で、会社という組織は、一種の宗教団体といえるかもしれない。金を儲けるという一つの目的のために、メンバーのすべてを洗脳し、奴隷のごとく突っ走らせてしまうのである


テレビさえ見ていなかったら、断じて支出優位にはならない。そこまでいい切ってもいい。要するに、それだけ日本人は、「本当に必要だから買っている」のではなく、「無意識のうちに欲しいと思い込まされて買っている」ということだ。


ただし、賢い人、IQの高い人は、そもそもテレビを見ても、すぐに消したくなるはずである


広告代理店が関わらないため、唯一、貧乏脳をつくらないメディアであるといえる。また、そこに詰め込まれている知識量は膨大であり、新聞の比ではない。それを手に入れることが、私に言わせれば「大人の責任」というものである


私だったら、マイホームを買うより、賃貸住宅に住み続けることを勧める。月々の返済額と賃料が同額であっても、賃貸のほうが、確実にトクだからである


それでもなお、マイホームが欲しいという人が絶えないのは、無事にローンを完済した暁には、不動産という資産が手に入ると思うからだろう。  しかしこれも、幻想である。当たり前のことだが、不動産は永遠に自分のものではない。自分が死ねば相続人のものになるし、相続人がいなければ国のものとなる。子どもに不動産だけでも残したい、という発想もあるだろうが、相続には相続税がかかることもある。

資産とはいえないほどの半端な不動産では、子どもにも大した利益にはならないのである。  所詮、不動産を自分の資産といえるのは、35年かけてローンを完済してから死ぬまでのあいだだけである。それどころか、老人ホームに入るまでの間である。せいぜい10年、20年くらいだろう。そのわずかなあいだ資産を持ちたいがために、ローンに追われる生活を取るというのであれば、それは個人の選択次第である


最初にはっきりいわせてもらえば、やりたくない仕事をしている人は、最も貧乏脳になる危険がある。というより、すでに貧乏脳であり、このままずっと貧乏脳のまま生きていく可能性がきわめて高い


これは、収入が月20万円だろうと、月1000万円だろうと関係ない。ここでも収入の多寡は大した問題ではなく、重要なのは、自分がその仕事を好きかどうかなのである。なぜかといえば、これも非常に単純な話だ。やりたくない仕事をしている人は、仕事の外に満足を求めようとするため、どうしても支出が多くなりがちだからである


一方、やりたい仕事をしている人は、それだけで精神が満たされているため、それ以外に満足を求めようとしない。すでに満足を得ているため、それ以外のことで心の隙間を埋めなくても済むのである


金儲けの神様」といわれ、先ごろ亡くなった邸永漢氏は、生前、いちばんの金儲けの方法は、天職を持つことである、と話していたという。まさに「好きなこと」を仕事にすることが、何より確実な金持ちへの近道であるということ


ともあれ、特定の職業の是非を論じることは、本書の本意ではない。働くことで心から満ち足りていれば、わざわざ金を費やして別の満足を得ようとは思わない。  ここで覚えておいてほしいのは、金持ち脳になるいちばんの王道は、仕事から満足を得ること、そのためには好きな仕事をすることである、という一点だ


私は、個人にとっていちばんの財産は、「人生時間」だと思っている。生きている時間を、いかに満ち足りたものにしていくか。これが人生の価値を決める。  その中で、満足できる仕事をするということは、かなり大きな比重を占める


ハーバード・ビジネススクールとアメリカTPIの共同研究によれば、やりたいことをやっている人の生産性は、やりたくないことをやっている人の生産性の、じつに数百倍であるという。好きなことをやることが、いかに脳にいい刺激を与え、発想力や判断力、行動力を高めるか、ということだ


つまりその仕事がその人の天職であれば、自然とお金が集まってくるということだ。  

なぜなら、天職とは、自分がほかの誰よりも上手に金を使うことができる分野、と言い換えられるからである。お金は、使い方が上手な人のところに集まってくるものなのである


そのように、金を払うにふさわしいプロとなるためには、得意分野の技術に磨きをかける必要がある。あるいは、まったくのゼロから始めるのであれば、最低でも10年は続ける覚悟が必要だ