読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

70.相場師一代 是川銀蔵

殿堂入り 投資

自分で経済分析をやらなければ、命から2番目に大切な大金をかけて相場の思惑などとてもできない。

 
徹底的にやりきる力必須。
 
東京大学教授から朝日新聞に入り、舌禍事件で退社、再び東大に戻った吉野作造博士の『第三革命後の支那』や『日本無産政府論』、また、大正デモクラシーの中で社会運動を実践し、早稲田大学教授の身で、労働農民党中央委員長に就任し、無産政治運動の先頭に立った大山郁夫の『現代日本の政治過程』や、河上肇とともに監修した『マルクス主義講座』といった政治、経済に係る著作をすべて読破した。世界各国の数十年にわたる経済統計を調べ、物価、景気、株価の変動や消費動向を徹底的に分析した。初めは一、二年で結論がでるか、と思っていたのだが、二年経ってもまるで先が見えてこないまま三年間も図書館通いが続いた。
 
 
経済問題でも人の意見を聞くだけでは気がすまず、相手のいう事が本当かどうか、自分でそれを分析して確信ができるところまで突き止めなければ納得しなかった。
 
関東大震災でトタン板を買い集め大儲けした時もそうだった。人が気づかぬところにいかに目を配り、人が気づく前にどれだけ早く行動しているか。買って、売って、休む。これが商売で成功する三筋道なのだ。これはまさに株で相場を張るのと同じ呼吸なのである。
相場道では他人の尻馬に乗らず、万人の逆を行くことこそ最も正しく、そして成功の道と説いているのだ。相場の道、すなわち、孤独に徹すること、そして俗世に超然とし、挙世滔々として「西に走る時、われひとり東に行かん」という気概と信念こそが、その時の私の判断だった。
 
銘柄は水面下にある優良なものを選んでじっと待つこと〟〝証券会社や新聞、雑誌の見出しにされる材料に惑わされず、自分で勉強すること〟まさに同和鉱業株は私の〝カメ三則〟の投資哲学にピタリとあてはまる条件を備えていたのである。
 
人間っていうのは欲から間違いを引き起こすものだ。本当に欲に限りない、浅ましい動物である。私も相場では人後に落ちぬほどの勉強をし、苦労を積んできたはずなのだが、やはり相場とは「天井では、欲に迷い、勝ちに乗じ、分限不相応の金高を買い重ねる」のが常なのである。相場はまさに克服し難い魔物なのだ。始めに心に決めた予想を出したら、それで満足すべきなのである。「最初の予想値が安すぎていた」と欲に惑わされ、もっともらしい理屈をこねてもだめなのである。この期に及んで知略、縦横の才子の知はそれこそなんの役にも立たず、むしろ心を惑わす種になるだけだ。相場はまさに、「思いも寄らぬ」ことが起こる、それが相場の特徴である。
相場は人間の希望どおりには決して行かず、逆に逆に出るものである。希望的観測は必ず裏切られる運命にあることを固く肝に銘じ、忘れてはならない。相場は、相当の苦労人であっても人気に巻き込まれるように、到るところに陥穽が潜む危険なものである。まさに、どこかで「一歩踏み誤ると皆裏腹になる」ようにできている。だから自己の内心の欲に釣られ引っかかるのである。相場で苦労を重ねた玄人でも、やはり、「天井では、欲に迷い、勝ちに乗じ、分限不相応の金額を買い重ねる」のが常なのである。相場は本当に克服し難い魔物だ。相場に手を染めて以来、スケールこそ違え、この手のことは何回も経験しているはずだ。にもかかわらず、また繰り返し危険を冒してしまう。私もまた結局、人間だなあと思うのだが、一生この危険を背負い続けていくのではたまらない、少しでもその負担は軽くしたいものだ
 
第二の警告は、新聞や雑誌で大見出しにされる材料に飛びつくなということだ。だいたい、人の意見や新聞、雑誌の記事で儲けようという精神そのものがすでに失敗のもとだと私はいいたい。自分で努力せず、骨折らずに勤めの片手間で儲けようということでうまくいくはずがない。ムシが良すぎる。サラリーマンが二足のわらじをはいてそんなにうまくいくほど、株の世界は甘くない。
ところが、新聞や雑誌の大見出しに出た時には、すでに八合目、九合目まで登っていると同じこと、頂上まではあとわずかしか残っていないのである。私が大勝利を収めた日本セメント住友金属鉱山をはじめ、これまで私が行なってきた株式投資のすべてが二合目、三合目での買いであった。そしてじっと待つことで大勝利を得てきたのである。〝自分だけの情報を集め、二合目、三合目で買い、じっと待つ〟これが株式投資の妙味であり、原則である。①銘柄は人が奨めるものでなく、自分で勉強して選ぶ②二年後の経済の変化を自分で予測し大局観を持つ③株価には妥当な水準がある。値上がり株の深追いは禁物④株価は最終的に業績で決まる。腕力相場は敬遠する⑤不測の事態などリスクはつきものと心得る"